左海と刻まれた灯篭が、フェニックス通りにドーンと建っているのをご存知でしょうか?
この左海は、今の堺のことらしいんです。江戸時代に堺は「左海」と呼ばれていたんです。
都の京都を向いて左手に海(大阪湾)があったから、左海だそうです。うまいこと言ったもんです。
さて、突然ですが、問題です。
堺は一番始めはなんと表記されていたでしょうか?
①境
②さか井
③阪井
④左海
⑤佐貝
答えは、記事の後半で発表します。
歴史がふるいサカイという街
堺の歴史はとても古く、日本最古の官道である竹内街道もありました。飛鳥時代に出来ました。西暦600年頃ですよ。
堺の長い歴史には、日本史の教科書2ページ分ではとてもじゃないが語れない数多くのことが刻まれてるんでしょう。
地名も長い歴史の中で何度か変わったようで、平安時代には、「さかい」という呼び名はあったようです。
地名の由来は、結構有名なのではないでしょうか。
摂津・河内・和泉の三国の境(さかい)にあたるから、「さかい」なんです。
今の三国ヶ丘がまさに三国の境目でした。
三国ヶ丘には方災除けの神で有名な方違神社がありますよね。
名前の変遷
さてさて、名前の表記の変遷です。もともとは「さか井」と書いていました。
次いで「さか井」は「境」となり、江戸時代には「左海」とも書かれ、今は「堺」となりました。
ですので、先の問題の答えは②さか井、でした!
ちなみに先の灯篭は、1834年に建立されたんですって。すごい古い!

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